社内で獲得したいと考えられてきた1社。
そうと聞いて燃えないわけにはいかない

入社4年目。それまでの、上司や先輩とチームを組み韓国の大口取引先を担当することから、ようやく一人で新規の取引先を開拓することを任された三浦。韓国にどっぷりと浸っていたこともあり、新規開拓先はアジアやヨーロッパにも広げようと三浦は密かに決意をしていた。「せっかく新規開拓をするならば、より広い範囲でチャレンジしたいと思いましたね」
 そしてまず手がけたのが、マレーシアの国営石油会社へのアプローチである。同社に天然ガスを運ぶパイプなどを売り込もうと、2009年に三浦の前任者である先輩が接触を始めており、それを三浦が引き継ぐ形となった。実はその石油会社は、以前より社内で獲得したいと考えられてきた重要な1社だった。そうと聞いて燃えないわけにはいかない。
 三浦は、その石油会社にパイプを納入しているドイツのメーカーに着目した。そのパイプメーカーに鋼材を売ることが、すなわち石油会社に売ることにつながるからだ。けれども、そう簡単にいかないことは、先輩からの引き継ぎで十分わかっていた。天然ガスを運ぶパイプは、「クラッド」と呼ばれる内側がステンレス、外側がカーボンスチールという特殊な構造。その時点で三浦が担当する仕入先ではまだ手がけたことがなく、後発での参入になる。製造には高い技術力が必要で、参入障壁が高い分野だったのだ。しかし、自分が担当する仕入先につくれない鉄鋼製品はない。そんな自信が、三浦を燃え上がらせていた。

つかんだ“特ダネ”が取り引き実現の突破口に

ドイツのパイプメーカーや他のライバル企業をリサーチしていた三浦は、ある“特ダネ”をつかんだ。そのライバル企業が大きな案件を受注し、2年近くフル操業状態になる、というのだ。そうなると、マレーシアの石油会社向けのパイプ材料を製造する余力は乏しくなり、価格も高めの金額になるはずだ。千載一遇のチャンス。三浦はすぐ、パイプメーカーと仕入先を引き合わせるべく動いた。ドイツにも足を運び、工場の生産現場を確認して議論を重ねた。
 「幸い、海外出張は室長に目的や期間などを説明することで了解してもらえる体制になっていました。ある程度、自分の裁量で『3日後にそちらに行くから、そこでじっくり詰めさせてほしい』などと交渉することができました」

 ドイツと日本の間には、マイナス8時間の時差がある。ドイツの午後1時は、日本では午後9時。「さあ、これからテレビ会議でミーティングをやろう」と夜の10時、11時から会議をすることも度々。また、現地の朝9時に「今日中に結果を連絡してほしい」という要請がメールで入っても、こちらは夕方の5時だ。この時間から日本で他社へ交渉や手配を進めることは困難な場合も多い。
「仕入先担当者に、夜中まで残ってもらったことも、度々ありましたね」そう言って、三浦は苦笑する。
「いずれにしろ心がけたのは、双方からの要求に対するレスポンスを速くすること。そうやって一つひとつ話を詰めていきました」

意を決しての一言が8億円のビジネスにつながる

しかし、ある段階からなかなか進まなくなった。関係者の中から「板としては十分つくれても、それをパイプにした時に満足できるものになるのか、慎重に確証を得るべきという意見が出始めたのです。
 しかし、それを待っていたらこの案件を逃してしまう。そこで、意を決して仕入先メーカーに『腹を括ってください』とお願いしたのです」
 仕入先も「やるしかない」と応じ、開発を約束してくれた。そして、トライアルを2回繰り返し浮上した課題を克服。3回目のトライアルで「問題なし」の返答がきた。受注が決まった瞬間である。まずは8億円のビジネスが調印された。
「先輩が始めてから3年。ようやく花が開きました」
 そう言って、三浦は笑った。