自分がインドネシアの営業責任者として赴任するからには
自分の手で倍の規模に成長させたい

電磁鋼板を担当するセクションで、管理職を務めている西野。電磁鋼板とは、主にコンプレッサーやモーターなどに使用される無方向性電磁鋼板と、変圧器に用いられる方向性電磁鋼板に大別される。製造には高度な技術やノウハウが必要とされる、付加価値の高い製品だ。西野はいま、無方向性電磁鋼板の取り引きを一手に統括している。
 以前は、鋼板を加工販売するコイルセンターであるインドネシアの現地法人「P.T.JFE SHOJI STEEL INDONESIA」に4年間出向していた。当時、30歳。従業員130人を擁する会社の、営業部門のトップとしての赴任である。赴任当時の2007年、同社は年間販売量約3万トンで1億円ほどの利益を上げる、堅実経営の会社であった。鋼板加工設備能力を、堅実に年間3万トン程度にとどめていたのである。その背景には、1997年にタイを中心にアジア各国の急激な通貨下落「アジア通貨危機」による経済の低迷という事情があった。1995年に設立され、翌年に稼働を始めた同社はすぐに経済危機に直面する。経済の低迷に直撃された同社にとって、堅実経営をするしか選択肢はなかったのだ。
 「西野の赴任当時、社内ではこのインドネシアの会社を“眠れる獅子”と呼んでいました。つまり、それだけポテンシャルが期待されていたということです。そこに自分が営業責任者として赴任するからには、自分の手で倍の規模に成長させたいと思いましたね」

工場拡張・設備増強計画に秘められた大胆で画期的な試み

西野が赴任した当時、インドネシアではちょうど電力不足に対応する発送電設備への大規模な投資計画が動き出すタイミングにあった。赴任早々、チャンスが巡ってきたわけだ。加工設備能力が限られていると、それ以上の成長は見込めない。そこで西野は、4年後までの中期目標として、工場拡張および加工設備増設による数量および利益倍増を掲げて投資計画を立てる一方、現有加工設備能力で対応可能な数量の中でのポートフォリオ(品種別比率)を見直し、高収益品種である方向性電磁鋼板の数量増大に注力するという計画を立てた。そして翌2008年度の方向性電磁鋼板の販売量は、2007年度より拡大し2011年には収益は倍増した。
 西野が立てた工場拡張・設備増強計画には、実は画期的な試みが準備されていた。変圧器の鉄芯をつくるには、方向性電磁鋼板を45度に切断して接合部分をつなぎ合わせたものを積み重ねて組み立てる。そのため、鉄芯製

造のプロセスには、斜角に切断する専用の機械が不可欠だ。西野は業界の慣習に逆らって、これを自社に導入しようと考えたのだ。
「従来、こういった特殊な加工は販売先の変圧器メーカーが行っていました。そういう業界慣行があったのです。しかし、お客さまにヒアリングしてみると、どこも古い設備しかなく、また能力不足で、発送電設備増強という追い風を生かすには新たに設備を導入しなければならないという状況でした。そのような中、唯一の未取引であったメーカーが設備更新をやめて、加工品での購入を検討し始めたことを事前に察知したのです。『ならば、当社がその機械を導入すれば、お客さまは自社で導入する必要がなくなり、当社に発注するしかない状態になる』と思いついたのです。つまり、お客さまを囲い込めるのです」

前例がない設備投資を理解してもらう“壁”

しかし、その設備を導入するには1億数千万円の投資が必要になる。「コイルセンターとして、変圧器用途向けの本格的な加工設備の投資をする」ということは、インドネシアはおろかJFE商事グループにもあまり前例がないことであった。西野は、社内の決裁を取得するための準備を始めた。インドネシアの方向性電磁鋼板市場の動向、顧客の設備の状況やニーズなどを徹底的に調査し、投資利益率などを予測。そして、社長とともに東京本社に向かった。
「当社は変圧器メーカーではない上、前例が少なかっただけに、上層部に“斜角”の説明をして理解してもらわなければならないといった“壁”がありました。また、『導入しても稼働率が上がらないリスクはないのか?』と質されましたが、お客様との関係は強固であることを説明するとともに、積み上げてきた様々なデータや調査結果などを示し、理解を得ることができました」
西野の情熱と、そして関係部署の協力により、その設備を導入したことで、赴任を終えて帰国した2011年11月までの4年間で、方向性電磁鋼板の販売量を大きく拡大することができた。
「当時、各地で同様の設備投資計画が実行に移されていました。フィージビリティスタディどおりに進めていくことはなかなか難しい中で、P.T.JFE SHOJI STEEL INDONESIAのケースは予定以上の利益を上げることができました。満足できる仕事でしたね」

成功を受けて他国でも同様の設備増強に

しかし、それで全てが終わったわけではない。西野が立案した設備投資計画は、インドネシアの大型変圧器製造メーカーと配電用の小型変圧器製造メーカーという2社との取り引きが前提条件であった。設備投資のリスクをできるだけ減らすために、2社それぞれの仕様に対応した方向性電磁鋼板の加工ができる中間レンジの機械を選定していた。もちろん、それだけでは両社のすべてのニーズをカバーできるわけではなかったため、西野は両社からの受注内容を改めて精査し、両社のニーズをよりカバーできる斜角加工機の追加導入の稟議をかけた。
「前例で成功した分、追加導入の稟議は比較的スムーズに通すことが出来ました。そして、現在は、2007年当時の収益を更に拡大すべく後任が邁進しています。」

 インドネシアの成功を受け、現在ではメキシコやインドなどのコイルセンターにも導入されて成果を上げている。
あらためて、今回の投資が成功した要因について西野は次のように振り返る。
「何としても実現させたいという“思いの強さ”があったと思います。自分一人で実現できるわけではなく、上司や同僚、関係部署の協力をどれだけ引き出せるか。そこに必要なのが、“思いの強さ”、ではないでしょうか。また、思いが強ければ、苦労も苦労とは感じませんね。一連のプロセスは、楽しくて仕方がありませんでした」
 西野はそう言って、破顔した。